鬼雄が海外逃亡してから怒涛のような日々を繰り返し、年に一、二回帰ってくる鬼雄。
しかし、その飛行機代は鬼雄の月給の三分の一をふっ飛ばす。


お金は大事です。けれど私がぷっちんしていたのは、


家族を養えなくて当然のその精神と、なんにも俺は悪くない、むしろ頑張ってます精神だ。

これでよし!と思えるのが信じられなかった。
軽蔑した。


助け合う?私は助けてるだけのような気さえしてきたのだった。



産後すぐからこんなに子供抱えて、仕事して、旦那さんはそんだけの稼ぎで海外で自由ありっすか? 的な会話をわざわざ私からしないと分からないのか……。私は普段からため込んでしまうタイプで改まって爆発させるタイプである。こちらもこちらで少し厄介なのは承知……しています。

そんな問いかけをしてみるも …… 返ってくる答えにハテナで頭はいっぱいに。


「もう少ししたら、仕事が上手く行くかも」


「3ヶ月後には今の給料もらいながら、向こうで会社設立しようと思って」


全て未来の話。I WILL I WILL ですわ。こっちは今の話してんだよ …… 。


この頃、子供が居るから別れるという選択肢は無いと思っていたが、そんな信念も曲がりそうであった。



もしかして……鬼雄は子供出来たら自由にできるぜイエーイ!と待ち構えていたのではないだろうか。子供が出来れば、私という人間は大人しく言われるがまま家庭を守るためじっとしていると見透かされていたのではないだろうか。



二~三年近くが経過した頃、さすがにもう無理だと思った。これなら母子手当貰った方が生きていける気さえしていた。
だが名ばかり夫がいる為そんな手当もない。


「もう、結局給料も上がらないし、帰国しないとだめじゃない?こっちはもう無理だけど」


「分かった。あと三ヶ月で給料上がらなかったら帰る」


直ぐには帰らず、三ヶ月と言い出した。
結局何も変わらず三ヶ月以上が経過する。

しかし、また火事場のバカ力か。
鬼雄は、給料五十万の仕事をみつけたと。


え?大丈夫か、それ法に触れるとかアンダーワールドではないか…。

結果ちゃんとした日本人社長の会社でしたが、給料は実際は三十万でした。
業績上げたら、五十くらい払うという話を、いつもの如く都合の良いように鬼雄が言い換えただけだった。



鬼雄はすぐに来いと言ったが、
その会社で働きだして半年が経過し、辞めそうにないのを確認してから、私達はありとあらゆる東南アジア対策の予防接種を受ける。

ちなみに、これらは保険適用外。結果うん万単位でドンドン飛んだ。



念の為宣言します。
渡航に伴う全ての費用、労力は私持ち。
飛行機代
予防接種代
住んでた賃貸の粗大ごみや回収業者の処分代(かなり値が張った……)


ちなみに、保険は世帯主私、扶養者私であった。



一人で幼児達を連れ飛行機に乗りました。
前の席の男性に「うるさいっ」と叫ばれながら……(泣)ごめんなさい。



そこから海外生活が始まるのでした。


先に現地入りして長い鬼雄は腹立たしい位に得意げ。

独身ノリみたいなものが抜けず、しょっちゅう友人だの知人と飲み歩く鬼雄。その間私は子供達を幼稚園に入れるため動きまくり、結果日本人幼稚園と同じ金額の安めのインターに入れた。

留学していたからなんとか話せる英語で面接もその後の懇談も、ありとあらゆる事を英語でこなした。
移動手段は、バイクタクシーとアプリで呼ぶ民間ドライバー的なやつ。



また仕事も日本とやり取りしながら継続。

スーパーで謎の食料とにらめっこしながら奮闘。
それなりに楽しかった。駐在員の日本人奥様やインターのぶっ飛んだスペインやインド、ペルーのママ友も出来た。


大変な事はいっぱいでも、その分素敵な人達に沢山出会えた。


しかし、小さいながらも築き上げた異国での日常はまた、無惨に終わりを告げる。

コロナがやって来たのだ。