鬼雄が勤めだした会社の母体は日本。
コロナでロックダウンが厳しい東南アジアは経済活動への打撃も早い。

街ごと、建物ごと封鎖、生活に欠かせない店のみが営業。どんどん暮らしに圧迫が来る。

学校も休校になりみんな息が詰まる日々だった。


そんな中いち早く、鬼雄はクビとなる。


他の日本人の旦那様たちは休業しながらも在宅ワーク切り替えや、給与は保証されていたが、あくまで現地採用の鬼雄は一番に無職となった。


「利己的なジジイめ!」とクビにされた会社の社長にキレていた。


そこから私は仕方なく私のカードで食品を買い、仕事もフル回転で日本に遠隔操作し、家事育児もし。睡眠時間はどんどん減り。現金が必要な場合は自分で国際送金し、結局すべてを担ってた……。


またもや過酷な日々である。


家に籠もるのは子供達には退屈で、公園へ散歩に連れていき、また戻り仕事をする。

すぐにでも帰りたいがこの頃飛行機も飛んでいない、帰国困難者であった。もちろん通常の十倍以上の額を出せば日系の飛行機に乗れるらしいが、そんな大金は無い。



鬼雄は、誰々がこんな仕事なら振ってくれるかも等理由をつけては、出かけていたが結局何もない。
家に居づらく仕事を探すフリに見えたのは否めない。


クビから半年後我々は、飛行機が通用料金より少し高いくらいで飛んでいるのを確認し、帰国する決断に至った。長かった……。


しかしこの頃少しずつロックダウンが解かれ、学校が再開した。学費は納めていたのでせっかくだからと、残りニヶ月過ごすことになる。


しかし、


あろうことか、鬼雄は免許更新が切れるとかで先に日本へ帰ったのだ。


きっと気持ちは日本にあったのだろう。自分を雇う会社もなく、自分で立ち上げた会社(私が十万円弱の起業の費用を貸した)のも名ばかりで一切の利益を生まずだった。


それらすべてをコロナのせいにし、

一件落着でとっとと日本の鬼実家へ戻ったのだ。


理由は鬼実家の鬼会社が自分が戻らなければ倒産の危機だと。ほんまかいな……。


戻る場所があるのはいいが、戻る場所があるが故、必死で生きてこなかったのだろう。そう見えて仕方がない。


私は異国の地で残りの期間生活し、帰国準備を始めた。


水のデリバリーの解約から賃貸マンションの契約解除。チケット手配←コロナで、キャンセルが相次ぎ二回航空会社に出向いてああだこうだ騒いだ。


フライトの前々日はPCR検査に全員引き連れて行った。


知り合った人達が皆お別れ会を開いてくれたり、見送りをしてくれ涙ながら空港へ向かった。


空港で、待ち時間に眠り込んでしまった下の子二人。無理矢理起こし引き連れて出国審査に並ぶも、大人一人にこの子供の人数はオーバーだ。航空会社からお手伝いは無いのか?とか言われ、止められる。

「そんなの無いっ。あなた達がゲートまで来てくれたら大丈夫なのに」と言うと、空港職員がヘルプで本当にゲートまで来てくれた。

通過させないと言い出されたと思ったら、勘違いでとても親切だった。すいません。



さらに、日本行きのゲート前では眠そうに子供が座りながら椅子から落ちかけたのを日本人の男性が支えてくれたりと、荷物を持ってくれたりと日本の方々に助けられまくりで出発した。


改めて日本人の親切さに泣きそうであった。


この時も、鬼雄はぬくぬくと鬼実家に帰り友達を呼び、宴の日々を送っていたらしい。